2月22日。
日本では猫の日。
ニャーニャーニャー。
語呂合わせの天才か、と毎年思うのですが。
英語ではMew。
Meow。
スペイン語ではMiau。
どれも「2」とは一切関係なし。
つまり。
猫がニャンと鳴くのは、日本語限定の奇跡なのです。
世界を旅していると、
同じ動物でも、
同じ鳴き声でも、
表現がまるで違うことに気づきます。
でもね。
猫という存在そのものは、
どこの国でも、
なぜか人の心のど真ん中にスッと入り込む。
昨年12月。
私は、そんな猫たちに完全に主役を奪われている街へ行きました。
それが、イスタンブール。
この旅が、
私の20年分の猫人生を、
静かに思い出させることになるとは。
イスタンブールという「猫の王国」
空港から市内へ向かう途中。
まず驚いたのは、
猫の数。
路地裏。
カフェの椅子の上。
モスクの階段。
公園のベンチ。
どこにでもいる。
本当に、どこにでも。
しかも。
逃げない。
観光客が近づいても、
スマホを向けても、
「どうぞ?」と言わんばかりの余裕顔。
自分から足元に来て、
すりっ。
撫でられることを前提に生きている。
そんな堂々たる姿。
日本の野良猫とは、
空気が違う。
誰も追い払わない。
誰も石を投げない。
街全体が、
「共存」を当たり前にしている。
そして見つけたのが、
あの自動販売機。
猫の餌自動販売機。
観光客でも、
気軽に猫のごはんを買える仕組み。
私は思いました。
ああ、
この街は本気だ。
…が。

餌の出口には、
ドライフードが出っぱなし。
それを食べているのは、
カモメ。
猫は満腹。
海鳥がご相伴。
なんとも平和な光景でした。
突然、ジャンパーから現れた「娘」
私が初めて猫と暮らしたのは、
メキシコに住んでいた頃。
ある日。
高熱で寝込んでいました。
そこへ友人がお見舞いに来てくれました。
ジャンパーのジッパーを下ろすと。
ぴょこ。
子猫の頭。
「プレゼント!」
……いや、どうするの!?
聞けば、
スーパーで買い物をしていたら、
子猫がついてきたらしい。
なんという展開。
私は猫好きでしたが、
飼ったことはありませんでした。
それでも。
放っておけるわけがない。
こうして始まった、
猫との共同生活。
グレーのモフモフ。
ロシア帽子のような姿から、
ロシア風に名付けました。
ガトゥルシュカ。
ガトゥル。
呼べば「Miau」と返事をして飛んでくる。
その姿に、
私は完全にやられました。
猫は飼うものではない。
心を乗っ取る生き物だ。
中学生の家出、そして衝撃の事実
ある日。
外出から戻ると、
ガトゥルがいない。
窓は開いている。
3日間、
戻らない。
やられた。
犬か。
事故か。
絶望の4日目。
ひょいっと帰宅。
しかし。
目を合わせない。
あの感じ。
中学生の家出。
そして2〜3か月後。
妊娠発覚。
やられた。
本気で、
親の気持ちを体験しました。
出産は5時間。
3匹。
私は横で見守り、
手伝い、
動画も撮影。
そして数週間後。
ガトゥルが1匹ずつ、
子猫を私のベッドへ運んできました。
紹介。
「この子たち、よろしくね。」
そんな気がしました。
20年の猫生と、イスタンブールの意味
その後。
子猫を譲り、
2匹と共に帰国。
怪我をした猫を引き取り、
結婚相手も猫が選び、
姑と同居しながら、
20年以上。
3匹とも、
幸せな猫生を終えました。
昨年、
姑も95年の人生を終え。
私はようやく、
長期旅行ができる身になりました。
そして訪れた、
イスタンブール。
街角で猫を撫でながら、
私は思ったのです。
ああ。
私は、
ずっと猫に育てられてきたのだと。
人生は、猫の数だけ物語になる。
イスタンブールの猫たちは、
私に20年分の記憶を返してくれました。
そして思うのです。
あの自動販売機の餌を、
満腹でスルーしていた猫たちのように。
きっと、
愛情も思い出も、
もう十分もらっていたのだな、と。
次回は。
猫に主役を奪われ続けた、
イスタンブール旅行記の続き。



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